かわいそうに






 「俺たちが一番かわいそうなんだよ。」
 電車の中で男性の声がやけに大きく響き渡った。「上からは飲みに行くことを強要されて、自分が上になって同じことしたらパワハラとか言われちゃうんだから」、と更に大きな声で隣に立っている女性にまくしたてた。
 火曜日の午後10時過ぎ、一日の疲れで体を重くした人々で込み合う車内。男性は小綺麗なスーツに身を包み重そうな腕時計を巻いて真っ黒で豊かな頭髪をきれいに撫でつけている。そのどれも妙に白い光を放っていた。
 かわいそうに。こんな世界に変えてしまったのは一体誰なのだろうか。名前は知らない。知る由もない。あなたも私も会ったこともない、でもすぐ隣に居たかもしれない人々。
 世界の形を変えるために彼らが支払った代償はどれくらい。何色の涙をいくつ流しただろう。目には見えない傷をいくつ心に抱えたのだろう。それでも変わり始めた世界を前に彼らはきっと笑っているはずだ。減らすことのできた悲しみを、この世界を少しでも好きになれたことを感じながら。
 でもあなたは、あなただけは今も昔もこの世界を嫌いなまま生きている。なにもせず、見えない力に流されながら。

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