言い訳





 そうそう、こういうのが欲しかったんだ。
 体を起こしながら思っていた。私は裸で、体中に刺青が入っている。全部で6つ。
 タトゥーではなく、刺青である。まずは、右肩から左の太ももに掛けて。大きな獣が背中を上から下へ駆けている。口元にはバラの花を咥えて。それから右の太ももの裏には小さな竜が巻き付き、肩には見たこともない花が青く微笑んでいる。怖い、青い、美しさ。そして掌に2つの花が咲いていた。ゆっくりと握りしめたら花びらが指に食い込むようで痛い気がした。
 きれい、美しい、最高、なんて彫師の男の人ともう一人よくわからに男の子に褒められて、そうそうきれいよね、ずっと欲しかった体。憧れを手に入れましたって、思おうとしたけどしっくりこない、飲み込めない、飲み込まない、いや飲み込みたくない。
 だってほら、いつ決意したんだっけ。こんなにたくさんの刺青を入れようって、どうやって覚悟を決めたんだっけ。いやその前に刺青入れたかったんだっけ、欲しかったっけ、いやいやそれより刺青。刺青って消えるんでしたっけ。そこんとこもよく知らないけど、消せたとしてもお金かかるよね。きっと膨大。え、どうする、どうしよう、どうにもできないよねってなる夢を見た。夢でよかった。
 刺青入れるどころか実際にはピアスさえ開けられないのに。というか洋服買うにも自分の中でたくさん言い訳考えてからじゃないと買えないくらい何かを失うことに対して私は小心者だ。
 欲しいと思った服を買うとき、安いなこれなら何着でも買っちゃうな、色違いで全色そろえちゃえばいいじゃない、なんて思った事ほとんどない。というか皆無。だからたくさん欲しいものがある中で一つを選ばなくてはいけないし、対価を払ってそれを手に入れた正当性を前もって説明できるようにしとかなくてはいけない。他ならぬ自分への説明。私は先回りして考える。ちゃんと私に似合ってる、手持ちの服に合うかしら、たくさんある欲しい服たちの中で一番私をかわいくしてくれるのは誰、私が欲しいのは、そして、みんなが欲しがる服はどれかしら。
その服をお金と引き換えに持って帰って暫く時間が経ってから、やっぱり少し高かったかな、似合ってないかな、ちょっと派手かしら、なんて不安が沸き上がり後悔へと姿を変えそうになった時、いやいや前の店で見た服の方が高かったし、こっちの方がなんにでも合う、合いそう、それに今流行ってはいるけどベーシックな服だから長く着られる、ってお店の人も言っていたし、みんなも欲しがっていた、だから大丈夫、そうやって次から次に沸き上がる不安を打ち消すことができるように。
大切なのはそれを手に入れる前に先回りして考えておくこと。前もって自分への説明を用意していなくてはいけない。すべてが想定内であること。後悔が生まれてから必死で考えた説明は、もはや言い訳にすらならない。そんな後付けでは、私は私を納得させることはできないのだ。服だけじゃない、何を買うときも、何かを手放して何かを手に入れようとするときに必ず私の中で繰り返される思考。
全身を刺青に包まれてどうにもできないところへ追い込まれた私はあの後どうしたのだろう。後悔に埋もれて取り戻せないものを思い、泣いただろうか。そのあとに、それでもいいと思うことのできる価値観を得たのだとしたら、そのありかを教えてほしい。 

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